球仁球仁

指導者として恥ずかしい話ですけれど、避けれないことなので参考にしてください。兆候を見逃さないことが大事ですね!

目次

少年野球で実際にあった監督の暴力!体験談。

竹刀で沢山叩かれた、野球少年だった頃の私

1)体罰のあったチームの実績と構成

31歳の男性、仕事は広告代理店の方で営業職に就いています。
私は小学生の頃に地元の野球チームに所属していたのですが、そこの指導者が平気で体罰を行う人でした。

チームはあまり強い方ではなく、毎年の市の大会で3回戦まで進めれば偉業と言われていたレベルです。
そしてうろ覚えですが、私が小学6年生当時の選手の内訳としては、6年生が8人で5年生が10人、4年生が13人ほどの構成だったと思います。
上の学年にいくほど人数が減っているのは、やはりそれだけ途中で辞めてしまった子が多かったからです。
私も今改めて振り返ってみて、よく小学校卒業まで続けられたなと感じています。

それでもなかなかの大所帯チームだったとは思いますが、監督は1人だけで他に指導者はいませんでした。
ですからとても独裁的な形で、監督のやりたいようにやれるわけです。
この体制も、きっと良くなかったのでしょう。

2)体罰をする監督の人柄

監督は自分に厳しい人でしたが、それ以上に他人には何倍にも厳しい人でした。
保護者からは熱意があって素晴らしいという評判がある一方で、チームの仲間からは怖いという評判しか聞かなかったです。
こう考えると、上手に内と外でキャラクターを使い分けていたのでしょう。

もともと学校の教師をしていたそうで、年齢は当時で65歳くらいだったと思います。
常に竹刀を持ち歩き、自分でもそれがトレードマークだと豪語していました。
定年退職をした後に少年野球のチームの監督になったと言っていましたが、教師時代には何年か野球部の顧問を務めていたこともあるそうです。
しかし部活動の中でも体罰をしていたかどうかは全く判らずで、必要以上に過去の話はしない人でした。

3)体罰はなぜ始まったのか!?

そんな監督の体罰を私が初めて受けたのは、まだチームに入団したばかりの頃です。
先輩が行っているティーバッティングの球拾いをしていたときに、私は近くに野良犬がいたのでそれに目を向けてしまいました。
するとよそ見をするなと監督が駆け寄ってきて、物凄い勢いで胸ぐらを掴まれたのです。
そのまま私は地面に倒され、監督が持っていた竹刀で叩かれました。

この後も、少しでも練習で気を抜いていると、竹刀を振り下ろされるようになります。
他のチームメイトにも同様で、ミスはもちろん一瞬の気の緩みでも許しません。
まるで見せしめのように大きな声で強く叩き、それを見ると怖くて怖くて仕方がありませんでした。
自分は同じような体験をしたくないと、選手全員に恐怖から来る共通認識が生まれていたように思います。

4)体罰があっても親は気がつかない?

体罰がある度、周囲ではやり過ぎなのではという声は挙がっていました。
ただ選手の保護者が直接的に確認できる状況では、決して叩いたり罵倒したりはしません。
せいぜい強い語気で叱る程度でしたので、保護者によってはよく鍛えてくれていると賞賛していたほどです。
非常にずる賢く、計算高い監督でした。

そのずる賢さがあったせいか、体罰のターゲットになりやすいのは気の小さい選手が多かったです。
野球は好きだけれど性格はおとなしい、そうした選手の方がより強く叩かれていたと思います。
私も物静かで臆病なタイプでしたから、監督の目に入りやすかったですし怖くて両親にも体罰の実態を言えなかったです。
このような理由もあり、3年間私は体罰がある環境の中で野球を続けていました。

球仁球仁

弱い子供には強く、強い大人には低姿勢の典型的なタイプです。体罰が表面に出にくい事例ですが、竹刀を普段持ち歩いてることに異常さを感じます。

5)体罰がなくなり解決に至った経緯

ただ私が小学6年生の頃、突然に転機が訪れます。
ある日この少年野球チームのOBである高校生数人と、何人かの大人たちが練習に訪れ、監督と口喧嘩が始まりました。
まだこんな教え方をしているのかと、そう言っていたように思います。
そして選手たちは誰もが不安そうな顔でその様子を見ていたのですが、喧嘩が終わると見知らぬ男性が1人こちらの方へ来て、もう大丈夫だからねと笑顔を見せてくれたのです。

6)問題解決後のチームは・・・

この数日後、監督の口からチームの解散が発表され、残された私たち選手は隣町のチームと合併することになりました。
実はその笑顔を見せてくれた男性は、隣町のチームの指導者だったのです。

一体どういった言葉で、あの厳しい監督を納得させたのかは知りません。
ただこの数年後に私が風の噂で聞いた話だと、何かしら身を引かなくてはいけないような事情があったそうです。

こうして思わぬ形で体罰問題は片付きましたが、結果的に外部からの介入がなければ解決はしていなかったでしょう。
体罰を受けている側が声を上げる難しさ、体罰をする人間の巧妙さなども、この経験を通じて痛いくらいに学びました。
その後私は野球を辞めてしまったものの、社会人になった現在でも色濃く記憶に残っている出来事です。

球仁球仁

OBが声をあげたのなら、外部からの介入ではなく、チーム内で解決の道があったのではないかと思います。結果的にチームが解散になってしまったのは残念です。